Kinoshitaのit's showtime Blog

嫉妬すら追いつかない 憧れすら届かない

神戸市記録会(800m)に出場しました(レース回顧)

はい、どうもです。

 

少し遅くなりましたが、6月5日(土)に神戸市のユニバー記念競技場にて
神戸市記録会の800mに出場してきました。

ユニバー記念競技場は高校の時によくお世話になった競技場です。
(陸上競技界隈では「ユニバ」といえば「U〇J」ではなく、この「ユニバー記念競技場」を指す場合が多いです。嘘です)

 

800mは2年ぶりの出場となりました。

 

この800mのレース回顧を行っていこうと思います。
先に結果だけ書いておくと、

 

800m結果→2'14"19

 

ん~。非常にふがいない結果となってしまいました。

 

 

(1) いろいろと回顧
①展開
自分自身展開としては、久しぶりに出場する800mであり、現段階でどれだけ行けるのかを知りたかったので「必ず前を取る」以外の選択肢はありませんでした。

予想通り、最初前を取ってレースを進めることが出来ました。

1周目は"59で入りましたが、それ以降は苦しいレースになったなというのが感想です。
2周目は垂れに垂れました。

思った以上にしんどかったです。トラック2周がこんなにもしんどいとは思いませんでした。

 



②取り組んできた事
目標タイムは2年前に出場したタイム(2'08"切り)を最低目標にしていました。
2月から練習を再開し始めました。またジムにも行きはじめて身体を作ってきましたが、レースに出る前の召集の段階で思ったのが
「あれ、本当にワイは中距離の選手なのだろうか?」でした。


明らかに絞り切れてないんですよね。
大学の時より現段階で8キロくらい大きくなりました。太ったというよりはジムのおかけでがっしりしたかなとは思います。ここから身体を絞って徐々に体重を減らしていきたいと思います。

とりあえず夏明けまでには3~5キロは減らしたいところです。

 



③今後の練習
正直jogを全然やっていなかったなというのが感想です。
まずはここの基礎の部分を固めていこうと思っています。
10kmを難なく走り切ることが出来れば最高なのですが、まだまだ無理そうなのでまずは6kmあたりからゆっくり体を動かしていきます。

 

そのうえでいわゆる「ケツ割れ」する練習メニューや
多少のインターバルトレーニングなども取り入れていかなければいけないのかなと思います。

 

 

 

(2) 最後に

なかなか記録会などが開催されない状態で、何とか記録会に出場することが出来ました。スタートラインに立つことの難しさを知りました。これには感謝しかありません。

自分なりに多少調整してこのレースに挑みましたが結果は散々でした。

労働疲れなんかもあるかなとは思いましたが、陸上競技というのは、たとえどのような状況においてもスタートラインに立ってしまえば、そんなものは関係ないんだなと思いますし、タイムが出る時点である意味平等であり、残酷でもあるなと思います。

現時点ではこんなもんです。

ですがこんなはずではない、もっとできると自分に言い聞かせて、5年ぶりの2分切りを目指してトレーニングを重ねていきたいと思います。

次回出場は兵庫実業団記録会が中止になったので未定です。


すでに負けそうですが、暑さに負けず、じっくり身体を作っていきたいと思います。


以上です。

他人を「理解できない」のは当然だが、「否定する」のは違う

はい、どうもです。



題名の通りです。




(1) 他人を理解できないのは当然

当たり前だと思うのですが、人間誰しも他人の考えや行動などを完全に理解することはできません。

これは当然のことだと思います。

例えばの話ですが、
「肉を食べず野菜しか食べない人」を私自身は、その行動に関しては理解することは出来ません。


もちろん何でそうなったかの理由は分かります。

私自身好き嫌いは無いので野菜は好きですが(野菜はおいしいですよ!)
肉も好きです。
やっぱり牛肉や豚肉なんかは焼いて食べるとおいしいです。


ですが、「野菜しか食べない人」を見ても、
「あなたはそういう考えなんですね、私は肉を食べます。」
としか普通は考えないと思うんですよね。


人それぞれ考えや信条は違うので、
「あなたは○○と考えていますが、私は△△と考えます」
「なるほどね」

これで良いと考えます。

 



(2) 理解できないのは当然だが、それを否定するのは違う

理解できないのは当然ですが、それを否定するのは違うと
思うんですよね。

さっき(1)で例に出した、「野菜しか食べない人」に対して、
「野菜しか食べないなんて○○でしょ!」
と否定したり、人格否定するのはどうかと思うんですよね。

また逆に「野菜しか食べない人」が私に、
「肉を食べるなんてなんて野蛮な事なんや」
と否定するのも違うと思うんですよね。


これはあくまで一例ですが、
「自分自身が理解できない事を否定する」のは
よくあると思うのですが、これは
なんか違うんじゃないかなと思ったので書きました。



以上です。

自分が立てた夢や目標をバカにするその人は、正直言って「正しい」

はい、どうもです。

 

現実でもネットでもどこでもそうなのですが、夢や目標を語ったり、書いたりした時に、

「いやいや、そんなん出来るわけないやん」

「そんなん無理やって」

「現実を見ろよ」

と言ったり、バカにしたりする人がいると思います。

 

このように人の夢をバカにする人の事を「ドリームキラー」なんて呼んだりするようですが、これってはっきり言って「正しい」んですよね。(倫理的なことは置いておいて)

 

 

 

(1) 夢や目標をバカにする人は正直に言って「正しい」

なぜ正しいかというと、「今の現状では、あなたはその目標や夢を達成することは出来ていないから」です。

 

出来ていないから、目標を立てるわけです。

出来ていないから、夢を語るわけです。

出来ていないから、今から努力をするわけです。

 

もし本当に今現段階で出来ているのであれば、そんな目標を立てたり、夢を見る必要はありませんよね?

 

だから実際「今は」出来ていないわけです。

 

今出来ていない状況に対して、

「そんなん無理やって」

「現実見ろよ」

っていう言葉は今のあなたの状況においては正しいのです。

 

 

 

(2) だからこそその夢や目標を達成してくださいと言う話

ここからが大事なことです。

 

「そんなん無理やって」

「現実見ろよ」

っていう言葉を聞いた瞬間に、自分が決めた目標や見た夢を諦めるのですか?という話です。

ドリームキラーのいう事をいちいち気にしていたらキリがないのです。

その人たちにはバカにされたり、言わせておけばよいのです。

 

今現段階では目標や夢とずれていても、自分自身が世の目標や夢をかなえられるように努力をしてそのような人間になればよいのです。

 

「ドリームキラーのせいで自分が掲げた目標や夢が出来なくなりました」というなら、その目標や夢は「所詮その程度」だったという事です。

 

で大体の人はこうやって言います。「出る杭は打たれるからね」と。

 

残念ながら、このような人たちは「出る杭」ではありません。いや、「出る杭」にもなっていません。あまりにも自己評価が甘すぎます。ただの「自分が諦めたことを周りの人のせいにして、自分が出来なかった言い訳を作っているだけ」の人間です。

 

しかも周りを言い訳にしてしまうと、なぜ自分自身がその夢や目標を達成できなかったのかの原因追及が出来なくなります。

 

そもそも「出る杭は打たれる」のを決めるのは、自分自身ではなくその結果を見た周りの人の評価です。

 

 

(3) 最後に

言われたとおりにまずは現実を見て、そして最大限の努力を投下して自分の夢や目標を達成していきましょう。


以上です。

人間誰しも「自分が見たいように見て、聞きたいように聞く」

はい、どうもです。


題名の通りです。
それではさっそく書いていきましょう。




(1)「結果」だけを見て評価をすることで解釈がゆがむ

私自身も含めですが、人間誰しも、物事を自分の都合のいいように解釈している場合が多いのです。


例えばここにめちゃくちゃお金を稼いでいる人がいるとしましょう。
誰でも良いです。SBの社長でも良いですし、お金配りおじさんでも良いです。
恐らくなのですが、その人が「今」お金を持っているのは、
「過去」に困難や苦難を乗り越えたという過程があるからだと思います。


ですが、そのような過程は全部無視して、結果だけしか見なかった場合に、
どうしても解釈のずれが起こります。
「羨ましいな」とか「嫉妬」が起こります。



例えば、私自身も仕事柄大学受験のことを話す機会が多いのですが、
私自身の1年間浪人した結果、志望校に合格することが出来たという話は
結果だけ見れば、「なんや、俺(私・僕・ワイ)にも出来そうやん」って
言われることもあるのですが、
高校卒業した時点で、
自分自身が合格していた、
その高校からは妥当だと言われる大学
を蹴って浪人するという選択肢を取ることが出来ますか?
という話なんですよね。

私たち自身からは絶対に見えない過程を無視し、結果だけを見て出来そうと感じるけど、過程をやりたいかと言われると絶対にやりたくはない。

考えるまでもなく、これって矛盾しているように見えますよね。


もっと極端な例を取るなら、
「努力はしたくないけど、東京大学に合格したい」と言っているようなものです。
「いやいやちょっと待て、その覚悟があるのか?」と言いたいところです。

 



(2)「時間軸のズレ」が解釈をゆがませる

「なぜ解釈がゆがむのか?」を考えた時に、無視しがちなのが、
「時間軸」です。

自分が見たいように見て、聞きたいように聞く時って、
自分で勝手に過程の時系列を変えて、勝手に何かとくっつけて、
理解しようと(又は解釈をゆがませようと)します。

そのような過程をきれいに切り取って、上澄み部分である結果だけしか見なかった場合に、どうしても解釈のずれが起こります。

自分では絶対にしたくない「過程」を切り取って、
「結果」だけを切り取って解釈できるのです。

これを防ぐためには、「時間軸」を意識して時系列順に並べて理解する必要があります。


もしかしたら自分自身の理解が歪んでいるかもしれないし、
あなたの理解だって歪んでいるかもしれないし、目の前にいる相手の解釈も歪んでいるかもしれないと考える必要があると思います。

 

 


(3) そもそも自分が出来ないことに対してガタガタ言うのは変な話

「よそはよそ」「うちはうち」という言葉がありますが、
正直めちゃめちゃ成功している人に対して嫉妬しても
仕方ないんですよね。

なぜならその人になるのは無理だからです。
恐らく人生一生かけても、上の(1)で出た某SBの社長や金配りおじさんになる事は
ほぼほぼ不可能です。

目指すのは良いですが僻んだり、嫉妬するのは違うよなと思います。

まずは目の前の出来ること、ないしは出来そうなことに一生懸命に取り組むのが重要ではないかと考えます。

以上です。

「副業なんて静かに一人でやっとけよ」っていう話

はい、どうもです。


題名の通りです。




(1)「会社にバレないようにこっそりやっていました」と
ドヤって言う

働き方改革」の一環として、政府も
「副業を進めていくぞ」という感じに方向転換したような
気がします。
「副業」が注目され始めたことで、今まで裏でこっそり
副業で稼いでいた人にスポットライトが当たり、積極的に
情報発信をしたり、インタビューに答えるようになっていますね。

その中でものすごく違和感を感じたのが
「会社にバレないようにこっそり副業をしていました。」
という言葉ですね。

これってどうなん?っていう話でしょ。

「いやいや就業規則っていうルール破っているよね?」
っていう話ですよね。

 

確かに、
「副業を禁止するというルール自体が
おかしいから、守る必要が無いやろ」っていう
考えを持っている人が多いのだと思いますし、
今の段階ではそうなのだと思います。

でもルール自体がおかしいからといって
こっそりやっていましたと、ドヤって言うのは
なんか違うんじゃね?と思いますし、

それなら、

副業が出来る様に会社と「交渉」したり、
「抗議」して堂々と就労規則を破るか、
副業OKの会社に「転職」をするべきだと思うんですよね。

「副業禁止という就労規則に納得いかないから、
こっそりルールを破って副業をしても良い。」
という考えにはならないと思うんやけど、と思います。


副業やるにしても今の段階では、まだ規則が整って
いない会社が多いと思うので、
僕が思うには「こっそりやっておけ」と思うんですよね。


就労規則破って副業をすることを
公に肯定してしまうのは、どうなんやろうなと思います。


前提としてあるのは、
「きちんと自分が属している就労規則を確認して、
認識や考えを合わせたうえで、副業しましょうね」
という事だと思います。

 



(2) そもそも副業が禁止になっていた背景って何だろう?

そもそも、なんで今まで副業って禁止されていたんだろう
っていう話ですよね。


恐らくは、
「自分たちが置かれている労働環境の管理が複雑になってしまうから」
だと思うんですよね。

労働管理のなど大変ですよね。

副業を企業が推進することによって、長時間労働・過剰労働を
促進してしまうというリスクがあると思います。

労働時間・副業する場合の通勤路・支払わなければいけない
社会保障費などが重なって、複雑になってきますが、
これを企業が全部把握するのは難しいと思うんですよね。

 




(3)「お金が無いなら副業をしよう」という社会が果たして幸せなのかどうか

これに関しても、就労規則を破って副業で稼ぐ人が
多く出てきてしまうと、
「フルタイムで働いても貧しいのなら、副業をしよう」という
事が公に認められてしまう、という事です。

基本、副業って
「収入がもっと欲しい」とか
「スキルを身に付けたい」
「自分の夢をかなえたい」
といったポジティブな意識で働いているのだと思います。


それなら良いですが、
「副業しなければ生活できない」というような状況の人にも
公に勧めることが出来るのか?という話です。


副業しなければ生活できない人たちに必要なのは、
副業を勧めて働くことではなく、
「本業で普通に働いたら、普通に生活できるお金」
だと思うんですよね。

副業が推進されることによって、
「低賃金で貧しい生活をしているなら、副業などしてもっと働けば?」
という状況になると思うのですが、果たしてこの状況が
幸せなのかどうか?という事です。

 

 


(4) 副業がブームになる前にもう一度考え直す

自分の収入を確保したうえで、さらにスキルアップや収入アップを
目指しての副業は良いと思います。

ただ今の段階では「会社のルールを破ってこっそり副業していることを
ドヤって言う事ではないよね?」
っていう話だし、「企業の副業に対する制度も整っていない状況で
副業のロマンチックな部分だけに光が当たって、
無責任に副業が持ち上げられている状況が果たして良いのか?」
という事です。


もう一度副業を「どういう形で進めていくか」を考える必要があると
思いますし、それをすることによって、安心して副業が
出来るのではないかなと思います。


以上です。

就職活動で言う「コミュニケーション能力」って何?

はい、どうもです。


今回は就職活動でよく話題になる、「コミュニケーション能力」について説明していこうかなと思います。

一口に「コミュニケーション能力」といっても、就活生と企業が考える能力には差があるように思います。


そのあたりの違いを書けて行けたらなと思います。

 

 

(1) 「コミュニケーション能力」のズレ

就職活動の面接で最もまでは言いませんが、重視されるのが「コミュニケーション能力」です。この能力を重視する企業は非常に多いです。

 

就活生も実際に面接では「コミュニケーション能力」の高さについて自信を持っている人もいると思います。(ちなみに私にはありません。むしろ本当にコミュニケーション
能力を持っている人に対して尊敬すらします)

ですが、面接において就活生が言うコミュニケーション能力と、企業の面接官が考えるコミュニケーション能力は随分と違うように思います。



多くの学生はコミュニケーション能力を
①会話の盛り上げ役である
②友達との日常会話
③初対面の人と気軽に話すことができる
 
以上3点の事をアピールする場合が多いと思いますが、本当に「コミュニケーション能力」がある目安として担保されているのか?と私自身聞きたいです。

 

まとめていくと、
①会話の盛り上げ役→ふたを開けたらウェイしているだけ
②友達との日常会話→コミュニケーション能力を測るには乏しい
③初対面の人と気軽に話すことが出来る
→場合によってはあり、ただほとんどはその関係って継続しないよね?って話だし、これも測るには乏しい

 

という事になります。なので就活生が考える「コミュニケーション能力」というのは、実は自分がその能力を持っているという証明にならないのです。

 

 

(2) 企業の考えるコミュニケーション能力って何?

では、企業側が考える「コミュニケーション能力」って何だろうなっていう話ですよね。


結論付けると、「自分あるいは他人が作ったものを誰かに買ってもらう、利用してもらうために話す能力」だと考えています。

 

これは、意外と難しいことですよね。

 

企業の行動からすれば、商品をただ作るだけでは利益を上げることは出来ません。

 

作った商品を実際に売って初めて、利益を上げることが出来ます。その時にコミュニケーションが必要になるわけです。



これは5W1Hで行うと分かりやすいのではないかと思います。

「どうやって使うのか?」
「なぜ使うのか」
「いつどこで、誰が使うのか?」

などが商品を作った段階で確定されているので、その商品を使う人も理解している状態でないと、正しく使うことが出来ません。


つまり、
「自分や他人が作ったものを、それを作った人がが考えている通りにその商品の購入者が使える状態までもっていく」

この時に必要になってくるのが「コミュニケーション能力」となります。

ある商品を作り、それを使ったり売ったりする社内の人、他社の人、顧客が誤解なく使えるようにする事が大切です。


ちなみにこのコミュニケーション能力って商品を売る「営業」の人だけに必要だと思われがちですが、上のことが分かっていれば、職種は関係なくコミュニケーション能力が必要であることが分かると思います。

 

 

(3) 最後に

以上の事からも分かるように、仕事ではコミュニケーション能力は、もはや持っていないといけないものになりつつある事をぜひとも覚えておいてほしい。

 

持っていないといけないものだという認識を持つことが出来れば、「コミュニケーション能力」をわざわざ面接のときに長所として話す必要が無いという事です。もっと別の事を話した方がましだという事です。


就活生の皆さんにはぜひとも考えて欲しい内容です。

本当にあなたには「コミュニケーション能力」があるのかどうか。

 

あなたの思っている「コミュニケーション能力」は、ただウェイウェイしているだけではないかということを。


以上です。

「インターンシップって参加した方が良いですか?」

はい、どうもです。


さて今回は、おそらく2025年卒(現大学2年生)が6月から始めるインターンシップについて書いていこうと思います。

 

それではさっそく行きましょう。

 

 

(1) そもそもインターンシップって何?

インターンシップとは、就労体験として就活生がある一定期間(日程は様々)企業に勤めることです。

これをすることによって就活生はその企業の事や、社会について知ることが出来るといわれています。

また企業側からしても、仕事体験という社会貢献ができるし、社員育成の観点からインターンシップを開催するのだと思います。

とまぁ名目はこんな感じなんだろうけど、実際にその企業の表面的なことは知ることが出来るけど
社会の事ってあまり知ることは無いよなぁって思ったりします。

 

(2) インターンシップ参加のメリットって何?

インターンシップに参加するメリットは何だろうか。

インターンシップに参加するにもES(エントリーシート)を書く必要があるし、WEBテストもあるし、面接も受けなければならない企業も多いので、参加することによって、何かメリットがあるだろうと考えるのは就活生にとって当たり前の事だろうと思います。

メリットは、いわゆるインターンシップ参加組を対象に行われる「早期選考」があるという点、です。

いわゆるインターンルートです。

インターンシップに参加している時点で、参加者の事はある程度把握されているため、一般で選考に参加するよりも速く内定をもらえる可能性が高いですね。

それだけでしょう。


なんか
「社会勉強になるから」
「その企業の事を知りたいから」
という理由もあるとは思います。

実際に参加してみると分かる事ですが、実際の仕事や実社会を経験できるインターンシップなんてほぼほぼ存在しない、という事です。

特に最近だと、「1dayインターンシップ」なんてものが流行っていますが、こんなものただ参加するだけのものなので本当に行く必要があるのかっていう話なんだよなぁ。と思います。

(もちろん、インターンシップ参加者による早期選考を受けるつもりなら、オッケーです。)

 




(3) なぜ就活生はインターンシップに参加したがるのか?

そもそも、なぜ「とりあえずインターンシップに参加しとけばよくね?」という流れになるのかっていう話ですよね。

自己PRにつながるから? 
その企業の事を知ることが出来るから?
社会勉強するためか?

どれも違うのではないかなと思います。



なぜか?

それは、ほとんどの就活生が「何もしない事に対しての不安に耐えることが出来ない」からだと思います。

1年生や2年生の段階で参加するなら関係ありません。まだまだ数は少ないですが、最近だと1年生や2年生からでも参加できるインターンシップってのもあります。

 

私自身も大学3年生から就職活動を始めたので人の事を言える立場にありませんが、1年生や2年生からインターンシップに参加するという就職活動に対する意識の高さは恐らく最終的には良い結果をもたらすだろうと思います。


1年生や2年生で参加できるインターンシップが無いって?
それは、「探していないだけじゃないか?」と思います。

そもそも1年生や2年生の段階で、就職活動のことを頭に入れながら大学生活を送る学生はごく少数だと思います。

 

(4) インターンシップに参加するデメリット

インターンシップに参加するデメリットを2つ紹介しておこうと思います。

①就職活動の長期化
インターンシップを6月から始めて年内に内定を取ることが出来る就活生は何人いるでしょう?

恐らく、ほとんどいないと思います。

来年になっても、内定を取る学生が多くなるのは4月以降になります。

6月の面接解禁時点でもまだ半分くらいです。

夏休みに入っても就職活動をしている学生はいるし、なんなら就職浪人という形をとる人もいます。

これに対する問題点は、「いつ就職活動が終わるのか分からない」ということです。

特にインターンシップに参加しても、それが内定の保証にならなければ参加した時間分無駄になるため、何の意味も持たないということです。


インターンシップに参加したことによる優越感
インターンシップに参加すると分かるのですが就活生の中には優越感を感じる人がいる、という事です。
いわゆる「インターンシップに参加した自分凄い」状態になるという事です。

先ほど述べた「就職活動に対して何もしない事への不安に耐えることが出来ない」人ほど参加することに満足してしまい、そこで終わってしまう、という事が非常に多いです。

何回も言うようにインターンシップに参加したからと言って、内定が約束されているというわけではないという事です。

インターンシップに参加する」というのは、あくまで就活の中で一つの選択肢に過ぎません。この感覚は必ず忘れないようにしていきたいですね。

もし「インターンシップに行った自分凄い状態」になっているなら、むしろ参加しなかった方が良かった場合が多いですね。


(4) 最後に

ここまで書いていきましたが、私は「インターンシップに参加するな」とは言っていません。インターンシップのメリットのところで書いたように、

 

自分が志望している企業がインターンシップを開催している、

参加したらインターンルートで早期選考が受けられる

といった状況なら参加はするべきだと思うし、「明確な目的と目標の設置」があるのであれば必ず参加するべきだと私は思います。


ただ何となくでインターンシップに参加するほど時間の無駄なことは無いし、むしろそこで慢心が生まれてしまうなら参加しない方がましだよね。ということです。


以上です。